2020.01.14 07:10:04


 45点の米が並ぶ一室に、張り詰めた空気が満ちていた。5人の審査員が番号の付いた黒い皿を手に取り、顔に近づけたり、指先で触ったり。すべて2019年産の酒米「山田錦」。大胆な試みが始まった。【写真】予備審査に出品された山田錦。審査員が慎重に見比べ、評価していった=2019年12月20日、山口県岩国市周東町、伊藤宏樹撮影 昨年12月20日、「獺祭(だっさい)」で知られる旭酒造(山口県岩国市)の精米工場。東は栃木、西は福岡から1キロずつ送ってもらった。

 「最高を超える山田錦プロジェクト」。旭酒造が初めて企画した。予備審査ではまず1千粒ずつ3回機械にかけ、成分や粒の整い具合を分析。その後、産地や生産者を伏せて、審査員が2度見比べて5段階で評価する。

 審査員の一人は岡山県から駆け付けた。「農家は高温や大雨に悩まされた1年だったのに、自信がにじみ出ているお米がいくつかある」。この日午後、1月の決勝に進む9点が決まった。

 決勝に残った酒米は、50俵(3トン)ずつ送ってもらい、すべての袋を検査する。優勝すれば1俵50万円で、全量買い取る。相場の約25倍と破格だ。2位は20万円、3位は10万円。4位以下も相場の約2倍での買い取りを確約する。社長の桜井一宏さん(43)はねらいをこう話す。

 「材料がよければ、いい味をめざす条件が一つ増える。それが『日本一の山田錦を作った、日本一をめざしたよ』という農家さんの誇りになる。日本の農業を元気にするためでもあるんです」

 山田錦は、80年以上の歴史がある国内で最も生産量の多い酒米(酒造好適米)だ。農林水産省によると、18年の生産量は約3万4千トン(約56万7千俵)。10年産より7割以上増えた。食用米より収穫までの期間が長く、栽培に手間がかかるが、3割ほど高値で取引される。日本酒全体の出荷は減っているが、純米酒など米を使う量が多い酒の比率が増えていることが背景にある。

 獺祭に使われる酒米は山田錦だけ。生産が増えるのに比例して、購入量も増えた。10年産は2万3千俵だったが、12階建ての本社蔵を新築した15年は15万5千俵。18年は、山田錦の国内生産量の4分の1にあたる14万3千俵を買い入れた。旭酒造の売り上げは137億円に上った。

 製造部長の西田英隆さん(48)は5年前、山田錦の契約栽培先を開拓するために訪ねた新潟県の生産者の一言が忘れられない。「コシヒカリ、売れないんですよ」

 おいしい食用米の新品種が各地で生まれ、相場が下がっていた。コシヒカリはどこでも作られるようになり、有利な補助金がある飼料米の栽培に切り替える人もいると聞いた。別の産地の契約農家に作付けを教えに行ってもらったり、生産者が自主的に勉強会や研究会を立ち上げたりして、契約先を増やしていった。

 18年6月、フランス料理の巨匠、ジョエル・ロブション氏との共同店舗「ダッサイ・ジョエル・ロブション」をパリに開いた。フレンチの食中酒に獺祭を。そんな食文化を発信するためだ。

 開店から2カ月、ロブション氏は73歳で他界し、生涯最後の店となった。「あの店は彼の子どもみたいなもの。彼が私たちに話した夢の続きを追い求める場所」。桜井さんは言う。

 今年12月には、米ニューヨークに新しい蔵が完成する。獺祭を輸出するのではなく、現地で暮らす人の目が届く場所で造る。それが「SAKE」が世界に食い込む方法の一つと考えるからだ。「山田錦で純米大吟醸のみ」の基本は変えない。

 いま、輸出は出荷量の3割に達した。「新しいものを生みだそう、獺祭を一歩超えていこう、というのがNYでの目標。日米双方の蔵が品質を競い合い、ともに駆け上がっていくのが理想です」(伊藤宏樹)

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