あらたふみな|2017.10.10




涼しくなり、食欲が増してくる季節になりましたね。

 

今は季節感なく年中食べれる食べ物も多い中、栗はとても秋を感じさせてくれます。

 

地元の産直市場に行くと栗が売られていました。

 

あぁ栗ご飯が食べたい、、。

 

でも栗を剥く作業はかなりの労力。

 

がんばれますか、私?と自問しながら、やはり食べたい気持ちが勝り、買い物かごに入れていました。

 

とにかくこの皮を剥く作業を何とかしたい!と簡単に剥ける方法を調べてみました。

 

簡単そうなのが、熱湯にしばらくつけておくと皮が柔らかくなるというものでした。

 

お湯につけて数時間してから剥くと鬼皮(外側の皮)は確かに柔らかくなって剥きやすくなっていました。

 

しかし、渋皮(内側の皮)には効果なし。

 

剥き始めても力はいるし、固いし、包丁が滑りそうで危ないし、少しずつしか進まない。

 

イラついてしまう気持ちを押さえながら最後は根性!で剥き終わりました。

 

ちなみに渋皮の状態でもしばらく水やぬるま湯につけておくと、もう少し剥きやすかったようです。

 

剥いた栗を見ると時間がかかったわりには、思った以上に量が少なくなっている。

 

むなしい気持ちになりながらも、炊いて食卓に出すと、家族は大喜び。

 

「わぁ!栗ご飯だぁぁ、おいしいー!」との声。

 

あぁがんばって剥いてよかった、作ってよかった。

 

 後日、新聞であるコラムを目にしました。

 

その人も大人になって自分が栗ご飯を作り、作るまでに手間がかかることを知ります。

 

実はその作家さんはお母さんの愛を感じられず育ち、大人になっても親子関係にはずっと確執がありました。

 

それでも子供の頃は運動会には毎年欠かさず、とても美味しい栗ご飯を作ってくれていたようです。

 

運動会の前日に、夜遅くに時間をかけてあの固い栗の皮をむいていた姿を思い出し、栗ご飯は母親の愛情であったということを今になって感じたといったことが書かれていました。

 

私も子供の頃にしてもらっていても気づかなかったことが、大人になり日常のふとしたことで思い出される瞬間があります。

 

一見、いつも同じことの繰り返しのようなことが、人の生きる力や、心の支えになって未来に繋がっていくんだろうな。

 

私もまた栗ご飯を作りたいと思っています。

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